2010-01-26

ふと、未来のこと

ふと、ちょっと先のことを考えてみた。

10年後、2020年。

おお。昭和生まれの僕には「2020」というと、
すごく未来チックな響きがありますな。

まあ、それは置いといて・・

文明の速度が近年になって加速しているなんていわれている、
その中での10年後はどうなっていくんでしょうかね。


【衣服】

いつも思うんですけど、
「服」ってすごくめんどくさいアイテムじゃないですか?

下着はいて、靴下はいて、シャツきて、ズボンはいて、セーターきて、マフラーまいて、上着きて・・何枚着るねんっ!

いろいろ組合わせを変えたりとか、そこで楽しいというのはもちろんあるんですが、でもそれもこの「何枚も着る」という基本フォーマットありきの話じゃないですか。

そうじゃなくて、この基本フォーマット自体を変えてしまうような、ほら、手塚治虫の漫画に出てくるような「全身ツナギ」みたいなものをみんな着ている、みたいなことはおこらないのかなあ?

重ね着って、結局のところ温度調節ですよね。
ということは、薄い1枚の布でも、暑さ寒さに対応出来るようなものが出来たら、服ってのが劇的に変わるかもしれませんね。

あと10年。どうなんでしょうね。
石油も枯渇してきますから、石油製品で押し進めていく方向じゃないんだろうな。


【エネルギー】

今の流れだと、電気自動車はたくさん走ってるようになるでしょうね。
でも、地下から掘り出す石油は枯渇しても、例えば「石油を作り出すことができる」となればどうでしょうね。微生物を使ってそういう実験がなされているとかいう話もあります。

地球温暖化が二酸化炭素のせいなのかどうなのか?まだ議論の途中な感じですが、少なくとも地上に二酸化炭素が増えていること自体は事実であるはずです。
だって、地下に埋まっていたものを掘り起こして燃やしてるんですからね。

だから、今地上にある二酸化炭素を、もう一回何らかの形で石油に戻す。また使って二酸化炭素が出る。また戻す。そういうことができるようになれば、実はガソリン自動車だろうが問題はないハズです。

でも、問題はそのためのエネルギーをどこからひっぱってくるか。
二酸化炭素を、固定化された状態に戻すのにもやはりエネルギーが必要なはずですので、「二酸化炭素→石油として固定化」のときに、そのエネルギーの倍のエネルギーを使ってしまうのでは意味が無い。

太陽光のエネルギーを超える分ってのは、やはり「分不相応な」ブーストをかけていることになっちゃうんですよね。

ということは、太陽からもっとエネルギーを「収穫」するようにするのが良いのかも。
必要なのは効率的なソーラー発電装置と、土地。
発電装置はあと10年あれば、もっと効率よくなりそう。

あとは土地。太陽を収穫するにはやはり赤道付近が良いでしょうね。
今は日照りで、土地が使えなくて困っているところ。そういうところこそ狙い目?
ということは、砂漠の国とかが、ドバーッとソーラー発電装置を敷き詰めて、その電気を世界に供給するみたいになりますかね。
おお。中東などに変わる次世代の「エネルギー大国」はアフリカになったりして??
でもその設備を作るのが例えばアメリカなら、アメリカが潤うことになるんだろうけど。

ともかく、エネルギーの主役はやっぱりなんだかんだで電気になるのかもしれませんね。


【食料】

人口の増加と密接に関係してくるんでしょうけど、
どうなんでしょう、国内自給率とかそういう小さい話でなく、地球規模では人口や食料にまだ余地があるんでしょうか?
「維持」できないと意味ないですから、そこも考えつつ・・
例えば単に「食料が簡単に生産出来る方法」というのが発明されたとすると、人口がそれに合わせて増えちゃうでしょうから、そこだけを考えるというのはあまり意味が無い。考えるべきは、「どのあたりがバランスの良いラインなのか」を探り出すことでしょうかね。


【人口、文明、国】

人口てのは増え続けていますが、言い換えれば、人間の文明の発達は「人口がどんどん増えるためのもの」であるとも言えます。死亡率の低下、寿命の延長、乗り物の安全性、などなど。さっき言っていたことと逆行しますが、人口が増えるということ、つまり「地球上におけるヒトという種のシェアを伸ばしたい」という遺伝子の叫びを止めてしまったら、もしかすると文明も衰退するのかもしれません。

ともかく、このままでいくと人口は増え続けていくでしょうね。
人ひとりには、それなりの「土地」が必要ですから、人口が増えてくるということは、今度は国とは?という問題になってきます。
「あっちの国のほうが広い」そうなってわ〜〜!っと流れ込むというようなことが起こるかもしれないですね。


【新交通機関】

飛行機って、まだちょっと無理ありません?
なんかもっと安全で、速くて・・という乗り物ができれば、世界はもっと狭くなる。
国内だけでなく、世界に向けての商売がより加速するはずです。


【ネット社会 vs 現実社会】

今やいろいろなものがネットで買えますが、まだいくつか壁があって、
実店舗に分があるところがいくつかあります。
「使ってみる、触ってみること」ができないのと、
「ケシゴム1コから」ということが難しい(送料の問題)ということ。
あと、「一覧できる」かどうかとか。

先ほどは「人の移動」を加速する話でしたが、「モノの移動」を加速することでも、世界は近くなります。
モノを手に入れる時には「人が行く」のか「モノが来る」のか、どっちかですから、
なんらかの方法で、劇的に送料を安くできればネット社会の勝ち。
「どこでもドア」などで移動を加速できれば現実社会の勝ち。
どうなんでしょうね。

今は「ネットだけのショップ」「実店舗だけのショップ」てのがありますが、
結局実物を見ないと買えないようなものは、
『実店舗に行き、モノを決める。お金を払うと、即日送料無料で配達してくれる』
そんな感じが良いかな。出来ますよね?
でもまたこうやって世の中のスピードが加速の一途なのもいやですけどね。

スピードが速くなった分忙しくなるんじゃなくて、
余った時間を豊かに過ごす。そういう良いバランスが取れると良いんですけどね。
でも人間貪欲だからなあ・・



なんて、ちょっと現実逃避してみました。
ちょっとばらばらになったんで、いつかちゃんとまとめとこうと思います。
こういう、今の意見を取っておいて、10年後に答え合わせをするというのも楽しそうですね。

2010-01-25

水面下で

最近平和な感じの記事が続いていますが、
実は水面下ではジタバタしています。

2月のギフトショー時期に向けて、
3種7品、新作を作っています。

ぎりぎりですが、ようやくしんどいひと山超えたところ。
今週中にもうひと山。
それを超えれば・・!

ということで
新作についてはまた改めてお知らせしますね。
お楽しみに〜!

2010-01-23

オオバンだよ



井の頭公園にはいろんな水鳥がいます。

先日ぼんやりとその鳥達を眺めていると、カモに混じって「え?ハト??」というような形の鳥がぷかぷか浮いているではありませんか。
(写真まん中あたりの鳥)

ハトと色は違いますが、あの特徴的な鼻のふくらみとか、そもそもくちばしがカモのように平たくなくとんがってたりとか、初めて見る鳥に驚いていると、隣にいたおじさんが「あれは、オオバンだよ」と教えてくれました。
これまた聞いた事ない名前・・!

図鑑をみると、確かに載っています。オオバン。ほおお

いろいろな鳥がいるもんです。
まだまだ世の中は知らない事だらけ。楽しいなあ〜

2010-01-22

ラジオからヒントが流れてくる

事務所ではラジオを流しながら仕事してるんですが、そうすると、自分の趣味で買いあつめる以外の音楽が沢山聞こえてきます。

自分では買わないJ-POPなんかもガンガンヘビーローテーション。

最近思うのは、「弱さを見せる男子の歌」が増えたなあと。

昔は「俺が守ってやるぜ」とか「ついて来いよ」とかね、男子の歌ってのはそういうもんだったと記憶してるんですが、

最近じゃあ、男子が女子を呼ぶ場合も「おまえ」じゃなく「あなた」だったりとかね。

「あなたを想うと胸が痛いよ」なんて、字面だけみたら女子の歌なんですが、これが男子なんですよね〜

男女の格差が埋まり、草食男子なんて言葉もある現在。「男子が女子を守らなきゃ」という、妙なプレッシャーから男子が解放された、なんて見方もあるかもしれません。笑

まあ、それが悪いとか良いとかじゃなくて、時代は移り変わるもので、歌ってのはその世相を反映するもんなんだろうなと。

歌が売れるかどうかってのは「共感」できるかどうか。
つまり、その時代の気分に合ったものが売れる。

先が見えない時代には、暗い歌が売れる。
バブル景気の時代には、景気の良い歌が売れる。

ということは、今現在ラジオから流れてくる歌からインスパイアされてモノを作る、という方向性もあっても良いかもしれませんね。

2010-01-20

カモとの距離感



この写真、結構近づいてるでしょ。

気持ち的には、50cmまで近づいたつもり。
このカモの隣にそ〜っとしゃがんで撮ってます。

もうほとんど触れそうな距離なんですが、
この距離から先が、全然縮まらない!

僕がじわじわ近づくと、向こうもじわじわ遠ざかる。
そして限界を超えると、池に逃げちゃいます。

「逃走距離」ってやつですね。
そこに入り込まなければ、全然逃げずに僕と隣り合わせで座っているのが面白い。

なんて、井の頭公園のひとコマでした。
春には子ガモが見れるのかな?楽しみです。

2010-01-18

決められない、が生み出すもの

日本人というのは、性質として何かを「決めてしまう」のが非常に苦手だと思うんですが、どうでしょうか?

変化は望むけど、それで決めてしまうわけでもない。

今の政治問題なんかもそうですよね。せっかく政権交代したのに、こんどは引きずりおろせ運動ですからね。

実はこの性質というのは、日本の気候風土に育まれたものなんじゃないかと。

日本は昔から地震が多く、湿気も多い。人間の生活の基盤である「家」でさえ、「仮住まい」の域を出る事はできない。

「決めた」としても、それが覆される可能性とはいつでも隣り合わせなわけです。

その「仮」であることのはかなさに日本人は美意識を見いだしてきたわけですし、それが日本古来のプロダクツに、いい知れない魅力を与えている。

東京は世界のなかでも指折りの「魅力ある都市」なんだそうですが、その理由として「いつ来ても新しい」というのがあるんだそうです。

同じ指折りの中にパリも入っていますが、パリが選ばれる理由とは全く違った部分ですよね。

さっきの政治の話もそうですし、電柱がいつまでも地上にあったりとか、お店がころころ変わったりとか、
「もういい加減決めたら?」
なんて思っちゃう事はしばしばなんですが、

「変化しつづける事」が我々の文化を支えている基盤なのだとしたら、そこはそう「冷めてしまう」ことをぐっとこらえて、気持ちをホットに、自分も変化に参加するというのが、これからも日本を生き生きさせる原動力になるのかもしれません。

2010-01-17

飽きとデザイン

人間の脳は「飽きっぽい」そうですね。
つまり、常に刺激がないと生きていられない。

僕らのあらゆる文化的活動は、
全てその「飽きっぽさ」を原動力にしているのかもしれませんね。

ではその前提の中で例えば
「飽きのこないデザイン」
なんていうのはどういうことかというと、

「長期間、その人を刺激させ続ける事が出来る」
ということであり、
それだけのパワーが、そのモノに秘められているということでしょう。


モノに対する
「もっと良くならないか?」という問いかけ。
(この問いかけ自体が「飽き」から発せられているんでしょう)
そしてそれに対する新たな提案がデザインだと思うのですが、

「これでどうですか?ちょっと違いますか」
「これではどうですか?まだ足りませんか?」

なんて感じで、
「すぐ飽きちゃうもの」を作って
小さな範囲でちょこまか立ち回るのではなく、

「これで100年はいけるんじゃないか?」
そう言われるようなモノを作っていきたいものです。

2010-01-16

温水の蛇口

冬はきらいです。
寒いし。

冬ならでは美味しいものもありますが、
いやいや、そんなことでは誤摩化されませんよ。

寒さは、生命の危機につながりますから、
人間の身体の延長物=道具、も
寒さ対策のものが圧倒的に多いのではないでしょうか。

で、ふと思ったこと。

だいたい皆さん、お家の蛇口には「水」と「お湯」がありますよね。
お湯を出す為には、外にボイラーがあって、
お湯の蛇口をひねると、しばら〜〜くしてようやく温かなお湯が出てくる。

みなさん当たり前のことだと思っているでしょうし、
僕ももちろん子供の頃からそれが当たり前でしたが、
その「しばら〜くして」を
なんとかして無くす方法は無いもんなんでしょうかね?

「あーさぶさぶ!ああ〜!!」って、
もう今まさに、すぐに、お湯が要るねん!
という時にも、やっぱりボイラーさんは
「しばら〜くして」しかお湯をくれません。

これって、本当にどこでも一緒なんでしょうか?
世界的に大成功した大金持ちのお家でも、
やっぱりお湯は「しばら〜くして」しか出て来ないんでしょうか。

だとしたらスゴイですよね。
めーっちゃ金持ちなのに、
「あーさぶさぶ!ああ〜もう!」はやるんだろうか?

ん?いや、その前に部屋自体が暖かかったり、
なんだったら執事がお湯を持ってきてくれたりとかするんでしょうけど。

あ!待て待て、大金持ちは世界中に別荘があって、今まさにいい気候の場所に住んだりするのかも・・??

・・まあいいや。
ともかく、
「お湯」って書いてある蛇口をひねったら、
最初の1滴目からお湯が出る。
これに勝る贅沢があるだろうか・・!って話です。

年明けてから忙しくてあんまりポストできてなくて、
ようやくでこれか、というネタですが。笑

あ、今新作作ってます。
春夏向けに出していきますので、
またご期待ください〜!

2010-01-05

いつもの、あけまして



皆様あけましておめでとうございます。
今年もどうぞ宜しくお願いいたします。

年末年始は、強行軍ではありましたが、実家で楽しいひとときを過ごす事ができました。

妻の実家の京都では、今年も伏見稲荷へお参り。

いつもの友人と、いつもの場所をめぐり、いつものようにお茶して解散。

このお稲荷さんの初詣はもう何年か続いてるでしょうか。

本殿→おもかる石→仁志むら亭でうどん→下社〜上社までぐるり→薬力の滝→腰神不動→脳天大神→お産場稲荷→おしるこ屋

なんとなくいつものコースが出来上がっていて、それが正しいのか、ぜんぜんだめなのか、もっともっと重要なところをすっ飛ばしてしまっているのか?良くわかってはいないのですが。笑

ともかく、1年に1回毎年同じ所で、同じようにお参りができるということは、病気もなく、トラブルも無く、安全無事に過ごせた証拠だというのは間違いありません。

なので、なにやら「今年は儲かりますように!」とかそういう気持ちは(お稲荷さんに行ってるくせに)ほとんどなくて、初詣の時に、実は「一年無事にいられたこと」を噛み締めていたりします。

ぼんやりとしてるのはだめでしょうが、ともかく無事で、健康であっての仕事ですからね。

今年も、皆様の無事と健康をお祈りしますと共に、私自身もまずは健康で、良い作品を創り、より良い世の中づくりに貢献できるよう、がんばっていきたいと思っております。